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【第三代・石村暢五郎支部長】 平成6年度から平成13年12月までの8年間支部長である。旧制同窓生から新制の同窓生へ福商会支部の橋渡しの指導者と思っています。福商石村一家といえば、昭和5年中根正世・「中根式速記」と同一語である。博多の麹屋町にある銘菓『鶴の子・万盛堂』社長・善太郎を継ぐ二代目の社長石村善右氏は23回卒業で、書道の部日展入選6回、プロ級日本民謡協会参与余りにも有名過ぎる『正調・黒田節』の力強い歌唱を一度聴いたことがある。『社団法人・福商会』現理事長の中牟田喜一郎(当時)と同期30回に次男の善左氏が速記を指導、三男の支部長33回・善兵衛氏(暢五郎改名の経緯もあるという)昭和10年速記全国制覇、四男・善助氏(39回)五男の善治氏(41回)は奈良屋小学校時代に兄弟での全国速記大会優勝と朝日新聞に掲載されたことを覚えている。その末の兄弟とも、中途で福商から福中に転校されてしまつた。 石村先生は、中国戦線から引き揚げ戦後昭和23年1O月〜25年3月の間母校福商で教鞭をとられたので、支部の教え子達の少年時代の顔もご存じの筈。堅粕時代の福商校舎・書道教室に、石村善兵衛書の漢詩の掛軸が飾られていた、その話など私がする度に、先生は「何とか欲しいので探しているが見当らない」残念至極のご様子だった。校舎は戦災を免れたのに何処にいったのでしょうか。福岡高商から神戸商科大学、財政学の学位諭文を別途日本大学に提出したため何とご苦労もあったとか、後々のお話に出てきたことがある。 支部での活動のうちで、『福商支部・研修会』のご指導をはじめられた。平成6年4月、東京駅・ルビーホールでの第一回研修会で「世界経済の動向」米・露・英・中・日の関わりなど克明な諭旨が進む。こんな研修会は何処にもそうざらにあるものではない。続いては、平井氏の「音楽談義」であった。 お三方の福商会東京支部長殿、誠に有難うございました。 平成14年1月26日 |
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